「健康」のために始めたことが、むしろ健康から遠ざかっていく一方だった話、聞いてくれるかい?
今のおいもが思う「健康」は、善悪で選ぶものじゃなくて、自分の心地よさも含めて育てるものだったんやなって。
っていうのもね、、
幼き頃に、肉親を病気で亡くしているおいも。さらに長年の病院勤めで、あらゆる疾患の患者さんに関わってきた。
世の親のあるあるだと思うけど、特に子どもが産まれると「食」「健康」への意識が高くなる人多いと思う。
生活してるだけでも、SNSとかネットニュースで栄養素だの、何が毒だの、悪だのたくさん目にするし。
自分の軸がなかった頃のおいもは、新たに仕入れた情報にすぐ飛び乗って「これは添加物まみれだからダメ」「これは避けないと」「この食品しか選んじゃダメ!」ってとにかくがんじがらめになってた。
「このサプリを飲んだんだから、肌荒れも治る!」「この商品選んでれば大丈夫って聞いたから!」っていろんなものに依存的。
だけど、飲んでも使っても体調は一向に改善しない。なんなら毎日ニキビが吹き出てた。
外食に行っても、スーパーに行っても、日用品探してても、買えないものばかり。次第にストレスがたまった。
そのうち「どうせ使ったって肌荒れ治んないし」「これ食べたら体が浮腫むんだよな…」って自己暗示かけまくって、翌日現実になって「やっぱりな…」ってため息をつく。
良かれと思って始めた学びも、食材選びも習慣も、全然健康にならん。なんだか心が荒むばかり。。。
それからいろんなツケが回って、だんだん金銭的にキツくなったのもあり、使ってたものが買えなくなり、息苦しさも限界にきてたき「身体に良くないものを避けるのは大切だけど、身体にはある程度排出機能が備わってる」的な考えを聞いて、「それやん!!!!」って目が覚めた。
すべてを善悪で判断して毎日過ごして、「善」を選べない自分を責める、後悔する。それって全く健康じゃないやん…って気がついた。
(暴飲暴食はマズいけども)自分が食べたいものに気付いて、その気持ちを大切にする方がよっぽど健康的。何より同じ食事でも、満足度が全然違う。
それに気付いてからは、「善悪」で判断するのは辞めて、【自分は何を選びたいんやろか?】ってまず考えるようになった。
そしたら不思議と肌荒れも落ち着いて、身体も健康的やし、ご飯選ぶのも食べるのも楽しくなったし、気持ちがふらつくことが減った気がする!
何を食べるか、使うかはもちろん大切な指標やし、未来の自分の身体のためにも、地球のためにも大切に選びたいところやけど、今の自分をひたすらがんじがらめにしてたら、未来も何もあらへん。
今を生きる自分が心地よく、今その時を過ごすこともめっちゃ重要なことやと今は思う。
子育て中やと尚更、子どもを優先しがちて、自分のことは後回しで我慢しがち。そんでもってフラストレーションが溜まって、感情や夜中の食欲、買い物とかで爆発発散しがちじゃない?
自分の気持ちの赴くまま、好き勝手できるのは嬉しいんやけど、散々我慢した後の発散と、最初から自分の気持ちを優先するのでは、あとの満足間も気持ちの揺れ動きも少ない気がしている。
周りの入れ知恵が自分を助けることもあるし、ジャンクなもの食べるより、バランスよく食事をとった方が健康的ではあるけども、たまには心の栄養も大切よねってそんな話。
自分の食べたいもの、使いたいもの、選びたいものに気付く、意識を向けるのって案外大切で、自分で自分の機嫌を取ることにもつながるかも。
だから、今日もおいもは自分の飲みたいお茶を淹れて、食べたいおやつを選ぶんだ〜〜
そんな小さな選択を重ねることが、今の私にとっての「健康」につながってると思う。


コメント